小説「世紀末の苦悩」
1990年から2001年までの日本とアメリカが舞台。一人の人間が苦悩から学び解放されていく様を描く。


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東京在住、30代独身男性。



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第1章 変態
一九九〇年十月 
 秀生は目を覚ました。目覚まし時計は七時十分を指していた。
 目覚めはとても気持ちよかった。今日は、何だか浮き浮きする日なのだ。
 毛布と布団をはねのけて、起き上がると眼鏡を探した。ベッドの横の机に置いてあるはず。あった。太い黒い淵の眼鏡だ。
 眼鏡をかけた。これがなければ何もできない。
 ベッドから起き上がり、洗面所へ向かった。 洗面所には、いつものようにバスローブ姿の奈津美がいた。秀生の姉だ。
「おはよう」
と奈津美が言う。            
「姉さん、おはよう」
と秀生は返した。
 奈津美は、いつも朝早く風呂に入る。きれい好きなのである。
 洗面所は、お風呂場とつながっている。朝風呂、朝シャンが終わり、いまドライヤーで髪を乾かしている。      
 奈津美は、はっきり言って美人だ。秀生が、物心つくときから、美人であった。女子高生のときは、高校のマドンナ。大学に入るとミスキャンパスに選ばれた。
 いまは、旅行会社でOLをやっているのだが、ここでも、奈津美の人気はすごいらしい。
 秀生は、眼鏡を外し、顔を洗った。
 顔を洗い終わると、タオルで拭き、自分の部屋に戻った。
 パジャマを脱ぎ捨てた。そして、シャツを着て、ネクタイをつけた。その上にブレザーをはおった。秀生の通う高校の制服なのだ。
 制服を着終わると、お腹がすいていることに気付き、台所にいくことにした。
 台所では、母の清子が朝食を作っているところだった。
 食卓テーブルには、父の英治がすでにいた。英治は、秀生と同じ黒い淵の眼鏡を掛け、新聞を読んでいた。
 父、箱崎英治は、年齢五十歳、商社で部長をやっている。バブル景気に沸き、羽振りのいい業界だ。東大出の商社マンで、仕事のことばかり考えて生きている男だ。
「みんな、できたわよ。食べてちょうだい」と母が、言った。
 お盆に食事をのせて、テーブルに運んだ。 母、清子は、年齢四十八歳で、普通の主婦だ。 
 秀生は、テーブルに座った。
「おい、あいさつは?」
と英治が言った。
「おはよう、父さん」
と秀生は、不機嫌に言った。
「おはよう、お父さん」
と奈津美が、やってきた。髪もきっちりセットし、化粧も見事にまとめている。
 一時、緊迫した雰囲気は、奈津美の登場で柔んだ。
 朝食を、食べおわると、出かけることにした。
「秀生、お弁当を忘れているわよ」
と母が言った。
「あ、本当だ。じゃ。行ってきます」
 僕は、さっと弁当をカバンに入れ、外へ出ていった。

 箱崎秀生は、横浜市立港南高校の二年生である。
 バスに乗って、高校に通っている。港南高校は、県下きっての進学校である。だが、同時にきらびやかな文化祭をすることでも有名な高校である。
 文化祭まで、あと一週間、生徒は皆、勉強よりもそっちに夢中である。
 秀生は、考古学部に属している。部の今年の企画は、ローマ帝国時代の町、ポンペイのミニチュアによる復元だ。

 午前中の授業が終わり、さっと、教室を出て部室へ飛んだ。弁当を食べる前に、会いたい人物がいた。できればその人物と一緒に食事をしたいと思った。
 部室に着いた。
「先輩、こんにちは」
案の定、彼はいた。尾崎正雄先輩である。
「おお、お前か」
と尾崎先輩は、無表情に言った。
「先輩、もうそろそろですね。ポンペイのできぐあいはどうですか」
 尾崎先輩は、
「まあまあさ、ちょっと、そこの黄粉のボール、取ってくれ。プラカラーを塗ったところにかけてほしいんだ」 
 秀生は、そう頼まれると胸が躍った。   
「はい、先輩」   
 そして、黄粉のボールを取った。黄土色に塗られていった場所にかけていく。
 なぜか作業をしながら、先輩の肩に自分の肩を触れさせようとしていることに気付いた。
「おい、そんなに近付くな。気持ち悪いぞ」と先輩が、言った。
「あ、すいません」 
と秀生は、びくっとした。自分でも、わからない。なんでこんな衝動に駆られるのか。
「よう」
と先輩が、部室に入ってきた女子に言う。名前は松村明美という高校三年生だ。
 彼女は、尾崎先輩のガールフレンドといったところだ。考古学部の部員ではない。だが、しょっちゅう、部室に出入りする。
「すごく、精が出てるのね」       
「今回が、高校生活最後の文化祭だからな」 
 尾崎は、彼女を見ながら表情がなごやんでいる。
「ねえ、昼ご飯食べない。今日、尾崎くんのためにお弁当作ったのよ」
「いや、明美。この円形劇場をさっさと完成してしまいたいんだ。だから、いまは付き合えない」
「どうしてよ。お昼抜いてまで、やらなきゃいけないの」
 尾崎先輩は、いまとても困っている。なんとか助けてやらないと。文化祭の準備で忙しいけど、彼女との付き合いもあるんだ。
 秀生は、そう思い、
「先輩、いっていいですよ。僕が、あと引き受けますから」
と安請け合いのつもりで言ってしまった。
「まあ、ありがとう。眼鏡くん」
と明美さんは、声を高鳴らせて言った。まるで、秀生を救世主かと見るように。彼女は、秀生のことをいつも、眼鏡くんと呼ぶ。さんざん会っていながら名前を知らないのだ。
「お、じゃ、頼むぞ」
と尾崎先輩も助かったという感じで言った。
 尾崎先輩と松村明美は、さっさと部室を出ていった。
 二人の後ろ姿を見て思った。自分こそが、先輩と一緒に弁当食べたかったのに。なぜか、胸にやるせなさが、残る。先輩を助けたつもりだったが。

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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学




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