小説「世紀末の苦悩」
1990年から2001年までの日本とアメリカが舞台。一人の人間が苦悩から学び解放されていく様を描く。


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東京在住、30代独身男性。



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第3章 変身
まず、第1章2章を読んでください。

 もうすでに学校では二時間目が、始まっていた。高校に入ってから、初めての遅刻だ。二時間目は、数学の授業だった。秀生は、教室の扉を、さっと開けた。
 黒板のそばで、大きな口を開けて方程式の説明をしていた年老いた女の数学の先生が、秀生を見て口をとめた。
 教室全体が、シーンと静まった。みんなが、僕の方をまじまじと見つめている。あの中島知美もだ。彼女の目は、思ったとおり好奇に満ちている。
 すでにあの噂は、広まっただろうか。彼女の噂が、学年中に広まるのには一日を要しない。一時間目の授業が終わった頃だ。このクラスのみんなは、すでに噂を耳にしてしまってるだろう。
 だが、もうそんなことは気になんかしていられない。
「おはようございます、先生。今日の授業の予習のため、夜更かしして寝坊してしまいました」 教室中が、どっと笑いこけた。
「まあ、それじゃ遅刻しても怒る訳にはいかないわね」
と先生は言った。そして、何事もないかのように僕は、自分の席に座った。
 噂を笑いですっ飛ばさせそう。僕は、そんなつもりだった。
 二時間目が終わった。
 秀生は、紙切れを持って教室を出た。三時間目まで、十分間の休み時間がある。
 廊下を走って、階段を上がり、三年生の教室のある三階へ行った。
 尾崎先輩の教室は、三年二組だ。
 秀生は、二組の教室にずかずかと入った。先輩が、松村知美と話をしている。
「先輩、これを受け取ってください」
 先輩が、秀生の方を振り向いた。
「おい、なんだよ。びっくりしたじゃないか」先輩の横に立っていた松村知美も驚いて、秀生をじろっと見る。
 先輩は、秀生の紙切れを取って、中を読んだ。
「退部届 一心上の都合により、考古学部を辞めさせていただきます。 二年五組 箱崎 秀雄」
「おい、冗談だろ。文化祭は、来週だぞ。今、辞めてどうするんだ。
「先輩、ごめんなさい。いろいろと事情があって」
「なんだ、事情って」
 先輩は、秀生に突っかかるように言う。
「いいじゃない、尾崎くん。辞めたいって言ってんだから、辞めさせれば」
と松村知美が、澄ました口調で言う。
「他に部員がいるんでしょう。それに足りない分はわたしも手伝ってやるし」
キーン・コーン・カーン・コーン
と三時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「先輩、本当に御免なさい。失礼します!」
 秀生は、そう言うと走って、三年二組を出、自分の教室へ向かった。

 昼休みに別のクラスにいる親友の安倍に会った。安倍は噂のことを聞きつけていた。
「おい、箱崎、本当なのか?」
とさっそく切り出した。
「冗談じゃないよ。デタラメに決まっているだろう。そもそも、僕は部員じゃないんだ。考古学にも飽きたし、文化祭の手伝いで勉強はできなくなるし、でもってこの噂だろう。やめたんだ」
と言い返した。
 安倍はなるほど、という顔をした。
「そっか、良かったじゃないか。俺が根も葉もない噂だとみんなに広めておくよ」
と言った。その言葉に僕はほっとした。安倍は、小学校時代からの親友である。彼ほど信頼できる友人はいない。
「おい、それよりも、そんな噂を広められ悔しいだろう。どうだ、彼女を作って見ろよ。お前ならできるぜ。俺なんてしょっちゅう振られ放しだけど。そうしたら、誰もお前をホモだなんて言わないぞ」
 安倍に言われなくても、秀生はそうするつもりだった。

 十一月三日の文化の日になった。港南高校で、年恒例の文化祭が執り行われた。
 その日は、休日だが文化部員でなくとも、全校生徒が登校しなければいけなくなっている。
 だが、秀生は、欠席した。その日、家を出て登校した振りをしたが、公衆電話から学校に電話をして、父の振りをするため声を低くして電話を取った事務員に風邪で来れないと嘘を伝えた。事務員は騙され、病欠することを担任に伝えておくと承知してくれた。
 文化祭に行って、先輩と会いたくなかった。文化際一週間前に辞め、部に迷惑をかけてしまったから、会うと何だか気まずい。もう、できるだけ会わないようにするのだ。同じ学校にいるのだからこれから会うことはあるのだが、先輩は三年生で来年の三月には卒業することになる。それまでの、辛抱である。
 そして、その日、学校を休んだ代わり、街にくりだしていた。
 秀生は、まず銀行に行き、毎月の小遣いの使った残りを貯めている預金口座からお金を引き出した。口座には、五万円がある。五万円すべてをを引き出した。
 その五万円を持って、コンタクトレンズの店に行った。女店員にコンタクトレンズを買いたいと告げた。
 秀生は、自分の太い黒い淵の眼鏡を外した。さっきまで話していた女店員の顔がぼやけて見える。
 そもそも、この眼鏡のフレームは、父、英治が選んで買ったものだった。英治も秀生と同様、目が悪い。どちらもすごい近視だ。
 秀生は、小学校一年生の時から眼鏡のお世話になっている。以来、視力は、どんどん下がる一方で、成長するにあたって、レンズ同様フレームも替えることとなった。
 今の眼鏡は、高校の入学祝いに父が買ったもの。ちょうど、自分も新しい眼鏡を買うとあって、同じフレームのにしたのだ。
 だが、父の趣味はあまりいいものではなかった。五十を過ぎた男に似合う眼鏡が、十代の高校生にも合うとは限らないのだ。勘違いがはなはだしかった。
 最初は、嫌だったが、わざわざ買ってくれた父に悪いと思った。それに父は頑固だ。嫌がっても、「俺がわざわざ買ってきてやったんだぞ」っと、怒りだすに違いなかった。
 学校には、眼鏡を掛けた同級生はたくさんいるが、他の生徒の眼鏡は、ごく普通の細いフレーム、秀生のは爺くさい黒い太いフレームだ。 
 だから、秀生の眼鏡は目立った。「眼鏡君」というあだ名も、そんなわけでできたのだ。
 だが、その眼鏡とも、今日でおさらばする。これから、コンタクトレンズをつけるのだ。いくつかの視力検査をした後、レンズの試着をした。ハードは硬くて痛かったので、近視用のソフトレンズを買うことにした。秀生は金を払った。代金は三万円だった。来週には、眼鏡と同じ度のコンタクトレンズができると女店員は言った。
 また眼鏡を掛け、店を出、今度は、本屋に行った。そこで、何冊かの若い男性向けのファッション雑誌を見付けた。
「ターザン」「メンズノンノ」「男専科」
などというタイトルのついた雑誌が、男性モデルを表紙にして、棚に置かれている。
 最近は、男も見かけが大事とされる時代だ。
 男も、女にもてるためには外見を研く必要がある。今の女性は、見てくれの悪い男を嫌うのだ。
 ダサイ眼鏡をコンタクトに替えた後には、髪型、服装のチェンジだ。また、こういう雑誌には女性の口説き方などの記事が載っている。
 秀生は、三冊雑誌を取り上げ、レジへ持っていった。
 
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第2章 噂
まずは、第1章をお読み下さい。

 通学のバスに乗っていた。
 体は、きれいに洗っている。とくにあの辺りは、熱心に洗った。だが、ちょっとまだむずむずする。          
 秀生は、何となく、恥ずかしい気持ちを押さえながら吊り革につかまり立っていた。
 すぐ横で、女子高生の集団が、騒いでいる。これは、うちの学校の連中だ。ま、女の集団というのはうるさいが、可愛いものだ。ほら、そんな風に思える。秀生は、女の子が好きなんだ。普通の男だ。
 集団の中に、一人知っている顔がいた。あ、中島知美だ。クラスメートで、お喋り好きと有名だ。というのが、歩くスピーカーというあだ名があるほどだ。やたらと、学校の噂を集めては、みんなにたらし回っている。実際、彼女になにか秘密を知られるとおしまいだ。隠しておこうとした秘密もまたたく間に全校中に知れ渡ってしまう。彼女の被害にあった者は数知れず。かくゆう、親友の安倍もそうなのだ。あいつが、好きな女に告白をして、その場で剣もほろろに振られたことを、全校中に触れ回り、安倍は、一週間ほど登校拒否になってしまった。
 まったく、迷惑な女なのだ。今も、あの集団の中で新しい噂を広めているに違いない。
 別に関心もない。どうせ、取るに足らないことだ。聞かないようにしよう。
 と、だが、そのとき、中島知美の声が自然と耳に入った。
「ねえ、ねえ、知ってる。箱崎っていううちのクラスの男の子なんだけどさ。ホモなのよ」
「えー、うそ、ほんと、知美?」
「ほんとも、ほんとよ。でさ、いま、三年の尾崎さんにぞっこんらしいのよ。考古学部の部長よ。箱崎くん、尾崎さんが目的で部に入ったみたいよ」
「へえ、尾崎さんにね?かっこいいもんね」
「だけどさ、尾崎さんには、松村さんがいるでしょう。二人は、もう公認カップルだし。かなわぬ恋に終わるのよ。ホモ君の純情も、砕け切り!」 
「でも、どうして箱崎くん、ホモになんかなっちゃったの」
「そりゃさ、あのド近眼の眼鏡じゃもてないからよ。真面目すぎて、女に相手にされず、とうとう男に走るようになったのよ」
「ア、ハハハ」
 彼女達の大きな笑い声は、バス中に響いた。
 バスが、停まった。
 ここは、いつも下りる学校の前のバス停より二つ前のところだ。 だが、秀生は、急いでバスを下りた。道に出て、全速力で走った。

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