小説「世紀末の苦悩」
1990年から2001年までの日本とアメリカが舞台。一人の人間が苦悩から学び解放されていく様を描く。


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第21章 ケインズ
まずは第1章から第20章までお読み下さい。


1997年1月
 暦的には真冬だが、サンフランシスコの気温は、日本の秋とそんなに変わらない。ウィンター・セッション(冬学期)の時期だ。といっても、新年1月の一月だけの短期学期だ。1月末から始まる春学期の間に、補修的に行われる学期間だ。学科の種類も数も通常より減る。4ヶ月間の春と秋学期が通常学期間で、必ず単位を取ってなければ進学できないのと違い、短期補修的な意味のある冬と夏は、オプションとして希望者のみが受講する。秀生のような留学生は、受講している場合がアメリカ人の学生より多い。何よりも早く履修して卒業時期を遅らせないようにするためだ。
 秀生は、前年の秋学期の反省の意味で、MBAのカリキュラム以外に、経済学の入門といえるマクロ経済学の講義を敢えて取ることにした。学士号の単位とされているので、MBAの取得単位としては認められないものだが、実を言うと秋学期に、マクロ経済学の基礎知識的な欠如で、つまずくことを何度か経験したからだ。横浜大学時代にすでに習ったことばかりなのだが、何せ英語で、経済に対する日本とアメリカの思想の違いもあり、根本的なことで混乱することがある。
 経済の定義ということから初日の講義は始まり、ウェグマンという口ひげを生やした年は40代ぐらいの講師は、経済とはRational allocation of wealth(合理的な富の分配)と説明した。
 さて、アメリカ経済学者の合理的な富の分配といえば、資本主義、市場原理に合わせた自由市場における競争をベースにしたシステムと考えがちだが、その考えは20世紀の前半に完全なものでないと判明し、多少なりとも政府が関与して資本の流れを統制しなければいけないという理念も入っている。それは、結果平等主義の共産主義とは、また違う。共産主義では、政府が価格を統制するがため、安値の商品はすぐに売れてしまい、常に物不足の状態に陥る。市場原理に任せれば、価格は需要と供給の均衡点で落ち着き、調整がされるが、景気の低迷で需要が減退し、供給が過剰になると価格は下落し、世界恐慌のような恐ろしく需要が低下する事態が起これば、価格は生産コストよりも低い値になってしまう。
 そうなると、世界恐慌の時に見られたように、豊作の農産物をわざわざ廃棄して、供給過剰を防いで価格下落による損失を防ごうという手段に生産者が出る。しかし、そこで矛盾が生じる。それは、不景気で職を失い、食料を買うこともできない貧困層は、豊作で農作物が余っている状態でありながら、飢えて死んでいくことだ。そこで、人々は言った。
「資本主義は非合理な分配手段ではないか」と。
 そこで、恐慌時に解決策として期待された新しい経済理論がケインズ論だ。発案したのは、イギリス人の経済学者ジョン・メイナード・ケインズだ。それは、1930年代、救済策として考案され、ニュー・ディールと呼ばれるようになった。
 ニュー・ディールが恐慌の解決策になったかは、未だに議論がある。しかし、この公共事業を政府が提供して、国民に職を与え、経済を活性化させるという理論は、その後、広く採りいられるようになった。
 その意味で、ケインズの評価は経済学では、とても高い。

 まあ、そんなことは大学時代にしっかりと学んだので、おさらいということで驚くこともなく聴いた。しかし、その日の講義の最後で、ケインズについて驚くべき発言をした。
「さて、ケインズについてだが、このことを教えておこう。ケインズはゲイだったんだ」
 秀生は、はっと衝撃を感じた。え、そんなバカな。

 講義が終わり、講師のオフィスへ向かった。ウェグマン講師に、1対1となり、質問をした。
「講義で言ったこと本当なのですか、ケインズがゲイだったんんて」
と秀生。
「ああ、事実だよ」
とウェグマン。
「ケインズは生涯独身だったのですか」
「いや、彼は結婚をしていたよ。だけど、彼の周囲の人々の話から、そのことは事実だと確認されている」
「ショックなことですね。あなたは、それでもケインズを尊敬しているのですか」
と秀生、思わず突飛押しもない質問をしてしまった。
 ウェグマンは、きりっとした表情になり、
「もちろんさ。私は、その人が何者であるかで評価しない、それよりも、その人が何を成し遂げたかで評価する」
とあっさり言い切った。

 秀生は、ケインズがゲイであったこと以上に、この講師の反応に驚いた。何だか、バカみたいな質問をした気分になった。

第22章へつづく。
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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学




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