小説「世紀末の苦悩」
1990年から2001年までの日本とアメリカが舞台。一人の人間が苦悩から学び解放されていく様を描く。


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東京在住、30代独身男性。



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第30章 男色の歴史
まずは第1章から第29章までお読み下さい。

 翌週、スティーブの講義は、なぜ、我々は同性愛を敵対視するようになったのか、ということをテーマにしたものだった。同性愛は、人間同士にのみみられる異常性愛的なものなのか。そうではないということをスティーブは、このコースの最初の講義で話した。しかし、それならば、なぜこの人間社会は、同性愛を異端視するのか。いわゆるhomophobiaとよばれる同性愛に対する異端視的な感情は、見方を変えると社会の病だといえる。
 その根源とは何なのか、それを探っていきたい。
  
 まず、生物学的にみて同性愛とは異常な行為なのであろうか。人間だけにみられるものなのだろうか。哺乳動物では、鯨などにみられるという記録がある。もちろん、動物の性愛行動は、人間同士と違い何を意味するのか明確ではないので、それが同性愛行為であるという確証は得られない。
 人間と、その他、生物を比較した場合、性行為の意味が、そもそも違う。人間と違い、他の生物にとって受粉、交尾という行為は、ほぼ生殖のみを目的としている。それは、自分の種と遺伝子を後世に存続させるための戦いである。
 人間とて生物の一種であるので、そのような目的があるのだが、人間は他の生物ほど生殖に必死になる必要に駆られない。それは、人間には発情期といわれるものがないからだ。というのは、常に肉体的に発情ができる構造になっている。セックスをしたければ、いつでもできるのだ。なので、セックスが生殖を常に伴うとは限らない。
 他の生物、それが植物や昆虫などの受粉や交尾、動物でいえば発情期など生殖行為のできる期間が非常に限られている。だからこそ、性行為は生殖のみに専念される。また、植物に限っていえば、雄しべ、雌しべが同じ花の中にあるように両性具有だ。
 人間と他の動植物の性行動を比較するのは、そもそも無理がある。

 さて、そんな人間、つまり人類が同性愛行為をするようになったのは、いつからかというと、それは人類の歴史の始まりである古代から記録は存在する。例をあげると、古代ギリシャがそうだ。
 古代ギリシャでは、成人男性と少年の間の性行為は記録として残され、それは異端視されるような行為とはみなされていなかった。少年は、髭が生えるようになると、成人男性の性の対象とはみなされなくなる。
 古代ローマでは、少年愛を含めた同性愛行為は禁じられていたが、奴隷とその主人との間の性行為に関しては容認されていたと記録がある。
 しかし、中世にはいると西欧世界では、教会の力が強くなり、同性愛行為は徹底的に締め付けられた。だが、ルネッサンスの時期には、自由思想の流れから寛容になる動きもみられた。レオナルド・ダヴィンチも、そのような行為があったと言い伝えられている。その後、近代にはいると、同性愛は精神医学の観点から病気とみなされるまでになった。宗教的なモラルと精神病理学の観点から「自然に反する罪深い行為」とされ、刑務所または病院に監禁される罰則の対象である。

 スティーブは一通り話すと、しばらく沈黙した。
「さて、そんな人類の性の歴史の中で、やや例外的に同性愛に寛容であり、そして、その歴史的記録により、人類の性行動の謎を解き明かすことにつながる事例がある。今から、その歴史的な事例を取り上げて説明してみようと思う」
と表情を、ややきりっとさせ発言した。そして、秀生の方をぎょろっと見つめ、こう話しかけた。
「ヒデオ、それはどこの国の歴史だと思うかい?」
 何で自分に、と思い秀生は
「さあ、イギリス?」と思いついた国を答えた。
「いや、違う」
「じゃあ、アメリカ?」
「いやあ、違うよ。西洋のことはもう話した。違う地域に移そう」
とスティーブ、ややにたにたとして言う。
「ふーん、それなら中国かな?」
「いや、違う」
「じゃあ、ベトナム?」
「君にとって、とても身近なところを忘れているよ」
とスティーブがにやりした表情をする。
「僕にとって身近なところって・・・」
 秀生は、思わずびくついた。そんな、まさか・・。スティーブは、秀生の表情が変わったのを見越して
「ああ、そうだよ。君の生まれ育った国だ」と言った。
 え、そんな、日本が、同性愛に寛容な国だだったなんて。

 スティーブは、「MALE COLORS」という本を取りだした。青いカバーの表紙には、江戸時代の版画と思われる絵が印刷され、それは江戸時代風の髪型をした男性二人が裸で抱き合っている姿だ。
 この本は、ボストンのタフツ大学で日本史を教えているGary P. Leuppという学者が著したものである。スティーブがレクチャーするのは、この本の内容を主に元にしたものだ。
 秀生は、どういうことか分からず、まじまじと聞くことにした。日本に同性愛に対して寛容だった歴史があるなんて信じられないことだ。高校までの歴史の時間で、そんなことを習ったことは一度もない。同性愛は、過去にも現代にも、異常なものとみなされるべき行為だったはずに違いないと秀生は信じている。
 MALE COLORS それは、男の色という意味、英語的には不自然な響きがある。日本語では「ナンショク」と読む。日本語で色は、性欲を意味する。それは、日本男性の性の志向を意味する言葉だという。
 まず話し始めたのは、日本には古代から日本書紀などの文献で同性愛を表した詩や短歌がみられるということ。そして、大陸から渡ってきた仏教の戒律には同性愛を異端視する考え方があったのにもかかわらず、日本古来からの神道には、そのような戒律はなかった。そして、その神道の伝統が混ざった大陸伝来の仏教が、日本の仏教を形作ったためか、同性愛は女人禁制とされた僧侶の間に広まった。
 西欧の中世の時代、日本でいう鎌倉時代から各地の領地を守る封建領主に仕える武人、いわゆる「サムライ」が台頭するが、そのサムライたちに同性愛行為の記録が顕著にみられるようになったと記録されている。
 サムライ、いわゆる日本男性の鑑とされる男性像だ。それがゲイだったと?

 サムライが活躍した時期は戦国時代といわれる諸国の大名が天下統一をかけ争っていた時期だ。織田信長、伊達政宗、上杉謙信、武田信玄など、歴史の教科書に出てくる戦国武将には、必ず性的な関係を伴う家来がいたといわれる。そして、それは主従の関係の絆を深め、戦場において女性のいない環境で代理の役割もあったとされる。それは肉体のつながりを超えた愛を深めた絆であったといわれる。
 例えば、武田信玄は、家来の香坂昌信との間に互いの絆を誓い合う覚書のような文を交わしており、それは現存する。内容は信玄が、別の家来の男と浮気したのを重臣であった昌信に追究され、互いの絆は変わらないと誓いを述べた内容だったという。その時代、日本へはるか海を越え渡ってきたフランシスコ・ザビエルというキリスト教の宣教師は、そんな日本の姿を見て「日本人は自然の摂理に反する罪深い行為を日常的に堂々としている」と記録した。
 戦国時代は、徳川家康という武将により天下統一がなされ終わった。日本は、江戸を中心とした統一国家の元で、新たなる時代を迎えるようになった。諸国同士による争いはなくなり、平和な時代へと移行していくが、そんな時代になっても、男色文化は続いた。そして、この「江戸時代」こそが、人類の歴史の中で最も、同性愛が寛容に受けとめられていた記録が豊富な時代であったといわれる。それは僧侶や武士階級に限らず、庶民の文化にも男色が根付いていたことを証明している。

第31章へつづく。
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テーマ:歴史小説 - ジャンル:小説・文学

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