小説「世紀末の苦悩」
1990年から2001年までの日本とアメリカが舞台。一人の人間が苦悩から学び解放されていく様を描く。


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東京在住、30代独身男性。



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第5章 悲しい知らせ
まずは第1章から第4章まで読んでください。

 彼女とは、その後、週に1回ほどの割合でデートをすることになった。映画を観たり、遊園地に行ったりした。同じクラスで席も近い。クラスの中で、というよりか学校中で公認のカップルとなった。学校の中では、教室の中でも外でも、出来るだけ二人きりになり周囲に見せつけた。秀生にとっては、悪い噂を掻き消す最高の手段だった。
 彼女は、秀生の家にも何度と訪れ、一緒に宿題をしたりした。秀生も彼女の家を訪ね、バイオリンの練習に聴きいった。秀生の家族も、春沢裕子の家族も、二人の仲を認めてくれた。お互い清純な付き合いに心掛けていることを伝えた。
 姉の奈緒美は、からかうように秀生に言う。彼女の話しになるといつもだ。
「ねえ、そろそろあれはまだなの?」
と、その度に
「あれって何だよ?」ときく。
「分かっているくせに」
と姉は返す。それでも、秀生は知らない振りをした。よく知っていたが。
 そうだ。あれだ。デートをする仲になって、数ヶ月が経つ。新年が明けて三学期となったが、それでもあれはまだしていない。つまりは、キスだ。口づけを交わしていない。手をちょっと握り合ったり、肩を寄せあったりするぐらいのことならしたがキスとなると。ましてやそれ以上のことなど。
二月に入り、バレンタインの季節となった。テレビでも雑誌でも、その話題で持ちきりだ。若い男女のカップルをターゲットとしたCMや広告が溢れる。お菓子屋は、ハート型のチョコレートを店頭に並べる。バレンタインとは、男女が愛を語り合う時とか言われているらしい。起源は古代ローマ帝国。当時、戦意喪失を防ぐため兵士の結婚が禁止されていた時代に、バレンタインというキリスト教司祭が秘かに結婚をさせてことが分かり、2月14日に処刑された出来事にちなみ、その日を愛を語り合う記念日とした。
彼女もチョコレートをくれると言っていた。それも手作りをくれると。秀生は楽しみだった。そして、考えた。この日に口づけを交わそう。そっと。映画やテレビドラマで恋人同士がするように。よく男が迫って、女がそれを待っているような、そんな流れだ。彼女は、自分からキスをしてくれなどとは言わない。雑誌などに書いていたが、女の子は自分から決して誘わない。男が誘ってくれるのを待っているものなのだ。そして、誘うのが男の役割だ。
2月14日、バレンタインデーが来た。学校の授業が終わり、二人で近くの喫茶店に行くことにした。その日中、カバンにしのばせていたものを取り出した。チョコレートだ。手作りかと思ったが、包装からしてどこかのデパートで買ってきたようなものだった。
「ごめんなさい。自分で作ろうとしたけど、何度やっても失敗しちゃって」
彼女は申し訳なさそうに言う。
「いや、いいんだ。十分だよ。ありがとう。ずっと楽しみにしていたんだ」
 秀生は笑顔を見せながら嬉しそうに言った。彼女の表情が、ぱっと明るくなった。二人で紅茶を飲みながら、たわいもないおしゃべりを始めた。話題は、今後の進路のことになった。どんな大学に進むかと。彼女は、音楽科が目標で、将来はプロのバイオリニストか、駄目なら、音楽の教師になりたいと。秀生は答えに困った。まだ、自分で何になりたいか決めていない。
「まあ、普通のサラリーマンかな」と素っ気なく答えた。彼女のことよりも、自分の将来どうしようかというテーマが頭の中を支配し始めた。
 会話も一段落して、喫茶店を出ることにした。
 もう夜の8時で、2月ということもあってとても寒い。ゆっくり外を二人きりで歩いた。気が付くと、周りは静かで二人だけで小径を歩いていることに気が付いた。近くには誰もいない公園と明かりの消えている家。誰にも、自分たちが見られている気配を感じない。
「ねえ、秀生君、私が好きならキスをして」
突然、驚くことを彼女に言われた。秀生は度肝を抜いた。彼女が、こんなに積極的だったなんて、信じられない。
 だが、チャンスだ。ここで自分が男であることを見せるんだ。さっと瞳を見つめ合う。街灯に照らされた春沢裕子の顔は実に美しい。男なら、誰でも食いつきたくなるような唇がある。よし、と秀生は、彼女の唇に自分の唇をそっと触れさせた。すると彼女も応えるように彼の唇を吸い付けた。数秒ほど、口吻が続いた。そして、互いの唇が離れる。
 彼女は、嬉しそうに微笑む。秀生は驚くべき体験に無表情だった。
「うふ、じゃあ、私、帰るわね。明日、学校でね」
「ああ、うん、さよなら」
と秀生は返し、手を振り分かれた。春沢裕子は、駆け足で駅に向かったが、秀生はそこでぼおっと立ったままだった。これがキスか、とさっきまでの感触を思い起こしていた。
 意外にも、感じるものじゃないんだな、それが秀生の感想だった。まあ、初めてのキスは誰でもこんなものなのだろう。

 翌日、学校に通うと、春沢裕子が欠席していると聞かされた。何でも風邪を引いて高熱をこじらせているとか。季節が季節なのだろうから風邪を引くのも無理はない。だが、クラス内では変な噂が広まっていた。何でも秀生と行くところまで行って、体がほてり高熱状態になったのではないかと。いつものことだ。まあ、こんな噂が広まるということは自分がホモであるなどと誰も疑ってないということの証である。何だか嬉しい噂に思えた。
 その翌日の土曜日も彼女は欠席した。インフルエンザになったのかもしれない。
「おい、見舞いにいってやれよ」
と安倍に言われた。
「ああ、そうするよ。彼女も喜ぶだろうから」
と秀生は答えた。これは彼氏としての義務なのだろうから。明日、日曜日に訪ねて見ようかなと思った。ところが、とんでもない話しが耳に入り、そんなことが出来なくなった。
 それは職員室を通った時に聞こえた話し声だった。
「何ですって、尾崎君が死んだ。そんな、一体どうして?」
「バイク事故です。高速道路を飛ばしすぎて、松本明美も後ろの座席に座っていて、バイクが反転してしまって二人とも即死です。全くバカな奴です。卒業間近で、尾崎は進学が決まっていたというのに」
 教頭と尾崎先輩の担任教師との間の会話だった。
 突然、秀生の心にぽっかりと穴が開いたような気がした。そして、尾崎先輩との思い出で頭が一杯になった。気が動転した。ずっと忘れかけていたことなのに。たまたま校内で擦れ違うことがあっても、挨拶は一切せず素通りしてきた。そうだ、ずっと忘れてきたことだと思ったのに。まだ、想いが、そんなバカな。そうじゃないはずだったのだ。

 その日、家に帰っても、食事をしなかった。気が付いたら、熱が出て寝込んでしまった。高熱は翌日の日曜になるともっと高くなった。月曜になっても熱は下がらない。医者が家を訪ねてきた。どうやらインフルエンザにかかったようだ。注射を打って貰い、その後、数日かかって熱は平熱に戻った。
 病み上がりの中、学校に通えるようになった。最初に声をかけてくれたのは、風邪が完全に治り、全く元気な状態となった春沢裕子だった。
「おはよう、秀生君。元気? ずっと心配していたのよ。私もインフルエンザにかかったみたいで。どうやら私が移したみたいで。お見舞いに行こうと思ったのだけど」
 周囲の視線が、二人に注がれる。彼女の言葉で、お互いの間に何があったのかが告知されたようなものだ。秀生は急に恥ずかしくなった。
「何ていうことをいうんだ? 何てはしたないことを」
と言い彼女を睨んだ。彼女は、驚いて黙ってしまった。クラス中がシーンとなった。
 その後、二人はあまり口をきかず、デートをすることさえやめてしまった。彼女は、秀生に言われたことで、かなり傷ついたようだった。秀生は、そんな彼女の気持ちを気にしたりしなかった。彼女のことなど、何も気にならないからだ。それよりも死によって分かれた先輩のことが気にかかった。そのことで頭が一杯で、気分が常に憂鬱となった。気が付いたら3学期が終わり、春休みも過ぎ、新学年となった。
 クラスも変わり、秀生と春沢裕子は別々のクラスになったためお互い顔を合わすこともなくなった。
 
 3年生となった。この学年になると受験一色だ。秀生は、これまでの憂鬱な気分を払拭するため受験勉強に力を入れることとした。目指すは東京大学だ。東京大学の法学部を目指そう。そこに行けば、とりあえずどんなところにでも就職できる。
 これまでも成績優秀で通っていた。だが、東大合格となると、これは難関だ。県内きっての進学校として知られる港南高校でも東大合格者は数人程度だ。それだけのエリートが集まる大学なのだ。
 1年間、必死で勉強した。忘れたいことを忘れるため勉強一筋となった。そのおかげもあって、これまで以上に成績は良かった。常に学年上位10以内に入る成績だ。東大も夢ではないと先生は言ってくれた。
 そして、年が明け、一九九二年の冬、受験シーズンとなった。国立は二校受験できる。秀生は、東京大学法学部が第一志望、もう一つはすべり止めのため横浜大学経済学部を受けた。私立は早稲田大学政治経済学部を受けた。全てに合格する確信があった。
 結果は、東京大学と早稲田大学が不合格。唯一、横浜大学に合格となった。親友の安倍も横浜大学を受け合格した。彼にとっては大難関で、当たって砕けろという意味合いがあった。なので大喜びだった。秀生は浪人までして、別の大学を目指す気はなかった。横浜大学も悪くはない。なので、親友と同じ大学に通うことに決めた。

第6章へ続く
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テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

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